★今月は幾つかの企業研修会で、さまざまな世代にライフプランについて話す機会をいただいた。そのなかでも、某大手製造業の50歳到達者を対象にしたセミナーで痛感したことがあった。50代を乗り切っていくには、40代後半か50代前半でなんらかの「気づき」が必要だと。そして、ライフプランは夫婦でたてると、生きる力は、2倍にも3倍にもなる。
★40代、50代の苦悩は深い。どこの企業も現下、生産調整、ノー残業、ノーワーク・ノーペイディー、給与減、賞与減、厳しい引き締めの最中にある。誰もが、明日への不安は大きい。そのなかでも50歳台の苦悩は深い。
仕事はますます重責、報酬は横ばいから急低減していく。多くの人が30代半ばでの結婚、晩婚化のなかで、50代半ばから子供の教育費、親の介護費用は急増していく。ここで老後のための蓄えといわれても、そもそも家計の収支がマイナスでは蓄える原資がない。さらに自分の時間もなく、「会社残留孤児」のような生活が続くと、自分の現在、将来を考える時間も失ってしまう。家族の波乱万丈、解体寸前まで行きかねない。
★しかし、50歳から10年、これは「稼げる最後の10年」なのだ。ひと時、立ち止まって、考え、整理し、家族に語りかける時間が必要である。
★そして、あっという間に、60歳、定年をむかえる。今50歳の男性、昭和34年生まれの年金は、64歳にしてようやく老齢厚生年金の報酬比例の年金だけがはじまる。その年金額、月額にして8万円から10万円程度である。
企業年金が60歳から10年間、月10万円程度支給されるといっても、60歳から64歳まで、限りなく「無報酬に近い」エアー・ポケットに突如として落ち込む。年収700万円から1000万円クラスの大手企業のサラリーマンでも、この年収の急降下は、自分ばかりか家族をも暗澹とさせる。
ことに専業主婦として、結構、ゆとりある擬似セレブ的生活をしてきた妻たちには、この落差、計り知れないほどショックのようだ。
60歳時、金融資産2000万円程度あれば、なんとか65歳まで食いつなげるが、すでに50代、住宅ローン返済と子供の教育費で預貯金もスカスカに近い。サラリーマン、魔の15年、50歳から始まる。
★なんとも不思議な顔で見詰め返されても、「働く以外にない」としか答えようがない。
されど、これから10年先、その働き口はあるのかと聞かれても、それは誰も準備してくれない、自分で働き口を今から作る覚悟が必要と説く以外にない。
★6月19日のライフプランセミナーの家計プラン講師には、ファイナンシャル・プランナーの竹川美奈子さん、筆者という布陣でのぞんだ。
当日、宝玉の話、二話あり。そのエッセンスだけを紹介しておきたい。
★ご夫婦で参加したAさんは、50歳。22歳で入社してはや28年。子供はなぜか幼く小学校1年生。「孫のような子供を作ってしまったが、今はこの子が我が家の宝」とのこと。「60歳定年でスッカラカンね。夫60歳から私が65歳になるまで、マイナスの家計であることが、よくわかりました」「夫には、なんでもいいから働いてもらう。私もこれまで厚生年金に入らないパート勤め。会社に頼めば厚生年金加入もできるので、早速、週明けにそうします。私の年金を増やす。そう決めました」。やはり、日本の女性、未だ山内一豊の妻、お千代さんはいるのである。
★俺は独り者というBさんも50歳。「60歳までシッカリ金をつくる。60歳からも、なんでもいいから働く。年間手取り200万円、5年働けば、他人様にご迷惑かけずに最後までなんとかやれることが、今日この計算でよくわかった」
★ライフプラン、年金プラン、マネープラン、そんなにむずかしい話ではない。人は少しだけ未来を計算すれば、なんとか生きる軸ができる。どんな状況にあっても、人はそんなに簡単に絶望しない。
ただ、どんなに資産も年金も、大きなお金があっても、それをどう活かすのかを見失った時にこそ深い暗黒、孤独の淵に追いやられる。
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